原子炉圧力容器鋼モデル合金の照射脆化機構

原子力材料工学部門  べい 栄造、木村晃彦、松井秀樹

【目的】原子炉圧力容器鋼の照射脆化に関しては、格子間型転位ループやマイクロボイド等の照射欠陥集合体および照射誘起銅析出物による照射硬化が主な要因であると考えられているが、硬化に対する各々の寄与に関しては不明な点が多い。例えばマイクロボイドは非常に微細であり、電子顕微鏡による組織観察では確認できないが、硬化への寄与は大きいと考えられている。そこで本研究においては、Fe-Cuモデル合金の強度特性・微細組織相関について陽電子寿命測定法およびTEM組織観察法の双方を用いて調べ、照射硬化の支配因子に関する基礎的知見を得て、原子炉圧力容器鋼モデル合金の照射脆化機構を明らかにすることを目的とする。

【実験方法】純鉄、Fe-0.35C、Fe-0.3Cu及びFe-0.35C-0.3Cuの4種類のモデル合金をアーク溶解にて作製した。均一化焼鈍後厚さ0.15mmまで冷間圧延し、3mmfのディスク状に打ち抜いた。それぞれの試料を880℃で4時間焼鈍後急冷(Q)、もしくは急冷後焼鈍(660℃、22.5h)(QT)を施した。その後、JMTRにて多分割制御照射(温度190℃一定、同一中性子束)を行い、照射量は1.9x1017、4.2x1018、1.4x1019、3.2x1019n/cm2の4種類とした。照射後試験として、マイクロビッカース硬さ試験、陽電子寿命測定及びTEM組織観察を行った。

【結果と考察】硬さ試験の結果、純鉄およびFe-Cu合金のQ材は照射量の増加に伴い硬さが上昇した。一方、純鉄およびFe-Cu合金のQT材は、前者はほとんど一定であるのに対し、後者は照射量の増大と共に上昇した。炭素を添加したQ材においてはマルテンサイト変態に起因する非常に高い硬度が得られたが、単純な照射量依存性は認められなかった。また、Fe-C-Cu合金のQT材の照射量依存性はFe-Cu合金QT材のそれにほぼ等しく、炭素の影響は認められなかった。
 陽電子寿命測定の2成分解析結果は、純鉄およびFe-C合金の長寿命成分の寿命値(t2)、すなわちマイクロボイドのサイズのみが照射量に依存して増加しているのみで、強度(I2)、すなわちマイクロボイドの密度に相当する値は照射量の増加に伴い逆に減少する傾向を示した。Fe-Cu合金や、Fe-C-Cu合金においては寿命(t2)および強度(I2)のいずれにおいてもはっきりとした照射量依存性は観察されなかった。
 以上の実験結果をもとに各合金の降伏応力の照射硬化量を見積もった。その内、代表的なものとして純鉄の焼入材のものを図1に示す。Hvで示した硬さの実測値から換算したものは、照射量の増大に伴い照射硬化量が増大している。これに対し、PASで示した陽電子寿命測定の結果から見積もった降伏応力は、照射量の増大に伴い減少しており、硬さの結果とは全く逆の照射量依存性を示している。このことから、陽電子で検出されたマイクロボイドは硬化の主要な原因にならない事は明らかである。また、最大照射量においてのみTEM観察により転位ループの存在が確認されたが、TEMで示した計算により見積もった降伏応力の増分は、実測した照射硬化量に比べて格段に小さく、TEMにより観察された転位ループの硬化への寄与は小さいことが解る。さらに、これより低い照射量において転位ループは見られなかった。
 従来より、TEM観察では何も観察されないにも関わらず硬さが上昇し、陽電子寿命測定からはマイクロボイドが検出されていたことから、照射硬化の原因はこのマイクロボイドであるとされてきた。しかし、本研究において、照射硬化と陽電子寿命測定から見積もった硬さの増分の照射量依存性とが、全く逆の傾向を示したことから、陽電子寿命測定で示唆されるマイクロボイドは照射硬化の主な要因ではないと言える。
 Fe-Cuモデル合金の照射硬化支配因子として、1)格子間型転位ループ、2)マイクロボイド、および 3)銅析出物があげられるが、以上の実験結果は照射硬化と陽電子寿命の照射量依存性が全く相反することを示しており、マイクロボイドの照射硬化への寄与が極めて小さいことを示唆している。


図1 実験結果から求めた純鉄焼入材の降伏応力の照射量依存性


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